水物語 ‐ カヌーで下る 命との出会いの旅

文:岡 田 淳

「本当にこの川は、海につながっているのだろうか」。夕闇の川面を見ながらそう思った。それは学生たちと、東京の真中を流れる多摩川を、源流から海まで水から離れずに追って行こうとしていた時のことだ。

 

まず最初の一滴を求めて山に登り、岩の間からチョロチョロと湧き出ている清水を飲む。冷たく山の味がしておいしい。紫色の美しいヤマトリカブトの花が谷川の水にそよいで揺れていた。やがてその流れは山を下り、細い沢となる。さらに水は森を抜け、集落の脇を通り、奥多摩湖へと注ぐ。湖の直下で水は音をたてて滝のように落ち、切り立った渓谷へと流れる。ロ-プを使って垂直の岩場を降り、カヌ-では通れない狭い渓流はタイヤチュ-ブに腹這いに乗って流れることにした。誰にも会わない冷たく澄んだ水の中にヤマメの魚影が走る。

 

谷はやがてカヌ-でも下れる広がりを見せる。ここから4日程下ると塩水になるはずだ。東京の中を流れていても、川の周りは草木に覆われ自然が多い。昼はカヌ-を漕ぎ、夜は川原でキャンプをし、焚火を囲み星空を見ながら語り合う。月に照らされ光る川面。パチパチと燃える火を眺め、川の音やコオロギの声に包まれていると、遠くの街の明りの下とは別の時間が流れていく。川という自然にどっぷりと浸る旅。

 

ところで、ぼくはいつも上流の水のきれいなところで、初めてカヌ-に乗る人にライフジャケットだけをつけて川に流される体験をしてもらう。飛び込んだ時のびっくりするような水の冷たさと我に帰った時に感じる気持ち良さ。流れの中で天地自然と一体になったような解放感。さらに岸まで自力で泳ごうとした時に感じる圧倒的な水の力と、その流れの中でやっと動いている小さな自分。その時初めて人は自分の命と出会うような気がする。 やがて景色は山から里へ移り、遠くにビルが見え始める。澄んでいた水は濁り、また他の川の水が流れ込む所では水量が増えきれいになる。こうして5日間かけてこいだカヌ-が海の風やカモメに包まれる時、川が海と一体になる姿と出会う。

 

山の養分が溶け込んだ水は湾に流れ込み海を潤す。その水が太陽の力で蒸発し、雲となって山や森に雨をもたらす。その自然のつながりを目の当りにしたとき、山奥の渓谷の水も、海の水も、普段私たちが顔を洗う水も、そして自分の体の中の水も、みんな同じ水が流れていることが実感できる。太古の昔から流れ続け命をめぐる水。その自然の力を感じる旅は、それらによって生かされている自分の命との出会いの旅でもある。

 

LinNet 2000.11 掲
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