ONENESS – 本当に大切なこと

文:岡 田 淳

大学を出て、一人アメリカに渡ったのは24年前のことだ。それは大学で自然環境のことを学ぶためであったが、それ以上に日本を飛び出して外を見たかったからである。

 

見渡す限り地平線まで何もない大平原に初めて立った時、そこには大空と風の音と自分だけがいた。空を一羽の鳥が横切り、日が傾き始める頃、遠くの岩山からコヨーテたちの声が聞こえた。

 

狭い日本にすぐ持ち帰って喜ばれる環境の技術は見当たらなかった。だがそこには大地と空、そしてそこに生きる様々な生命があった。アメリカの自然環境への考え方やエコロジー運動は日本より数十年進んでいると感じたが、それより今は、アメリカ先住民の生き方とその思想の深さについて思うところが大きい。大地があり、空があり、そこに人と他の生命が生かされているという彼らの教えは、とても深いものだと感じる。

彼らは言う。人間には二通りの生き方があると。ひとつは、現在地球上の多くを占めている生き方で、人々はより多くの物質的豊かさ、名声、権力を求めて限界まで突き進む。この生き方は、自分が生きるために子孫の未来を殺し、結局は大地を破壊してゆくのである。今日までの地球は、教育も含め、すべてこうした方向に向かって走り続け、産業も経済も地球自体も破綻寸前のところにまで来てしまった。

 

もうひとつは先住民の生き方だ。人々は大地と共に生き、自然の声に耳をすませ、その大きなサイクルの中で自らが生かされていることを自覚し、天地自然を大切にする。この古来からの教えは、人は自然によってしか生きてゆくことはできない、と語っている。

 

僕はこれこそが、今日必要とされる、真の意味での持続可能なサイクルを作る思想であり、真のサバイバルの道であると感じている。

 

本当に大切なことはたくさんはない。
ひとつのことはすべてのことにつながり、すべての生命はつながっている。ONENESS、すべてはひとつなのである。
環境、資源、戦争の問題は、すべて生命の問題である。大切だと思えることがたくさんあり、そのために忙しく走り回らなければならないとしたら、それはすでに何かが違っているのだろう。その生き方は、自然から離れ、やがて自らの生命とは無縁のところへ向かうことになる。

 

生きていくためにはサバイバル(生活)の技術が必要であり、その技術を達成するためには「祈り」がなければできない。
真の祈りとは形ではなく、自らを空にして大いなる神の声を聞くことであり、祈りによって謙虚になった時に初めて、生かされていることに気づき、自分の行くべき道が見えるのではないか。

 

自由学園 学園新聞 2002.12 掲載
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