アースマンシップ自然環境教育センター

 

 エッセイ

都市生活者へのメッセージ 
森の中で寝てみよう

岡 田 淳

 ある晴れた秋の日、ロッキーの山々に囲まれてぼくは渓谷中腹の岩の上に立っていた。針葉樹の緑と遠くの湖が太陽に照らされてキラキラと光ってる。しばらくぼんやりと遠くを眺めていたのだが、ふと我にかえった。そうだ、今日は野宿をするんだ。寝る道具と食べものを少し持ってきたが、他の荷物は遠くの仲間の方に置いてきた。時計も置いてきたのでない。でも太陽の高さからするとまだ夕暮れまでにはたっぷり時間がある。誰一人来ない自然の中で、ぼくだけの自由な時間と空間。そう考えただけで胸が高鳴ってくる。

 山の夕闇は早いので、まずは寝ぐら作りだ。数十メートル下には谷があるので水は汲める。木立ちの奥にはトイレも作れそうだ。日当たりのいい岩のテラスの奥に、木に囲まれた平らで乾いた一角を見つけた。そこに今日のぼくの家を作ることにした。持ってきたものは寝るための軽いマットとシートだけ。雨でも水が流れ込まないよう、ていねいに石をならす。マットを敷き、その上に寝袋を広げる。

 今度はそのシートで屋根作り。谷からの風が直接当たらないようにする。木立ちからヒモでシートを張る。景色をよくしようと屋根を高くすると、夜寒く落ち着かない。寝袋に足を突っ込んで座り、頭がつかえない高さに調節してシートを張る。これでできあがりである。

  平らな岩のテラスに座れるところを見つけ、遠くの景色を眺めながらピーナッツをかじった。今までにこんな時間を持ったことがあっただろうか。風が木々の梢を揺らし、空高く鷹が舞っているのが見える。なんて静かなんだ。誰も話しかけてこない。太陽が動いているのを感じた。

  風が吹いてきた。夕方の知らせだ。気温がわずかに下がってくる。雲が広がってきている。黄昏の中に少しずつ山や森が沈んでいく。そして闇。
 ぼくは腰から下を寝袋に突っ込んで座り、目を開いて何かを見ようとしていた。が、全く何も見えない。月も星も出てない夜だった。風が木々を揺らし、時折ピシッと音がする度に、全身の神経が磨き澄まされ、動物として自分の息と鼓動が感じられる。
 
   どのくらい眠ったのだろう。ほんの少しなのか、とても長い時間なのかはわからない。ただ、自分が今、山の中にひとりいることだけはわかった。いったい自分はいつからこうして生きてきたのか。いつまでこうして生きてゆくのか。どのようにこの自分という命が与えられ、今こうしてここにいるというのはどうゆうことなのか。いったい自分は何者なのか。そんな思いが次々と湧いてくる。考えるというより湧いてくるのだ。自分の命と目前に現存するこの天地自然。それをとても怖いと感じ、また同時に、言い表せないような大きなものに自分が包まれているような安らぎをも感じる。太古の昔から、こうして命を与えられたものが生き、死に、そして自分もまたその中のひとつなのだろう。そんな不思議な、そして答えの出てきそうもないことを自然と考えている。

  現代の都市の生活の中で、人がひとりになって考え、自分と向き合えることがどのくらいあるだろうか。自分が何を求めているのか。何を本当に必要とし、何があれば満たされるのか。そういうことを自然に考えさせてくれ、素のままの自分を感じさせてくれる自然の中に時々入ろうとぼくは思っている。安全な身近なところでいい。暖かい身支度、少しのおいしいものと、思ったことを書きとめるものを持って。

O−cube 1998 Febraary掲載

ONENESS - 本当に大切なこと

岡 田 淳

 大学を出て、一人アメリカに渡ったのは24年前のことだ。それは大学で自然環境のことを学ぶためであったが、それ以上に日本を飛び出して外を見たかったからである。

  見渡す限り地平線まで何もない大平原に初めて立った時、そこには大空と風の音と自分だけがいた。空を一羽の鳥が横切り、日が傾き始める頃、遠くの岩山からコヨーテたちの声が聞こえた。

  狭い日本にすぐ持ち帰って喜ばれる環境の技術は見当たらなかった。だがそこには大地と空、そしてそこに生きる様々な生命があった。アメリカの自然環境への考え方やエコロジー運動は日本より数十年進んでいると感じたが、それより今は、アメリカ先住民の生き方とその思想の深さについて思うところが大きい。大地があり、空があり、そこに人と他の生命が生かされているという彼らの教えは、とても深いものだと感じる。

 彼らは言う。人間には二通りの生き方があると。ひとつは、現在地球上の多くを占めている生き方で、人々はより多くの物質的豊かさ、名声、権力を求めて限界まで突き進む。この生き方は、自分が生きるために子孫の未来を殺し、結局は大地を破壊してゆくのである。今日までの地球は、教育も含め、すべてこうした方向に向かって走り続け、産業も経済も地球自体も破綻寸前のところにまで来てしまった。

  もうひとつは先住民の生き方だ。人々は大地と共に生き、自然の声に耳をすませ、その大きなサイクルの中で自らが生かされていることを自覚し、天地自然を大切にする。この古来からの教えは、人は自然によってしか生きてゆくことはできない、と語っている。

  僕はこれこそが、今日必要とされる、真の意味での持続可能なサイクルを作る思想であり、真のサバイバルの道であると感じている。

 本当に大切なことはたくさんはない。ひとつのことはすべてのことにつながり、すべての生命はつながっている。ONENESS、すべてはひとつなのである。環境、資源、戦争の問題は、すべて生命の問題である。大切だと思えることがたくさんあり、そのために忙しく走り回らなければならないとしたら、それはすでに何かが違っているのだろう。その生き方は、自然から離れ、やがて自らの生命とは無縁のところへ向かうことになる。

 生きていくためにはサバイバル(生活)の技術が必要であり、その技術を達成するためには「祈り」がなければできない。真の祈りとは形ではなく、自らを空にして大いなる神の声を聞くことであり、祈りによって謙虚になった時に初めて、生かされていることに気づき、自分の行くべき道が見えるのではないか。

自由学園 学園新聞 2002.12 掲載


「水物語」The Essay on Water

 川をカヌーで下る
  命との出会いの旅


岡  田 淳


 「本当にこの川は、海につながっているのだろうか」。夕闇の川面を見ながらそう思った。それは学生たちと、東京の真中を流れる多摩川を、源流から海まで水から離れずに追って行こうとしていた時のことだ。

  まず最初の一滴を求めて山に登り、岩の間からチョロチョロと湧き出ている清水を飲む。冷たく山の味がしておいしい。紫色の美しいヤマトリカブトの花が谷川の水にそよいで揺れていた。やがてその流れは山を下り、細い沢となる。さらに水は森を抜け、集落の脇を通り、奥多摩湖へと注ぐ。湖の直下で水は音をたてて滝のように落ち、切り立った渓谷へと流れる。ロ−プを使って垂直の岩場を降り、カヌ−では通れない狭い渓流はタイヤチュ−ブに腹這いに乗って流れることにした。誰にも会わない冷たく澄んだ水の中にヤマメの魚影が走る。

  谷はやがてカヌ−でも下れる広がりを見せる。ここから4日程下ると塩水になるはずだ。東京の中を流れていても、川の周りは草木に覆われ自然が多い。昼はカヌ−を漕ぎ、夜は川原でキャンプをし、焚火を囲み星空を見ながら語り合う。月に照らされ光る川面。パチパチと燃える火を眺め、川の音やコオロギの声に包まれていると、遠くの街の明りの下とは別の時間が流れていく。川という自然にどっぷりと浸る旅。

  ところで、ぼくはいつも上流の水のきれいなところで、初めてカヌ−に乗る人にライフジャケットだけをつけて川に流される体験をしてもらう。飛び込んだ時のびっくりするような水の冷たさと我に帰った時に感じる気持ち良さ。流れの中で天地自然と一体になったような解放感。さらに岸まで自力で泳ごうとした時に感じる圧倒的な水の力と、その流れの中でやっと動いている小さな自分。その時初めて人は自分の命と出会うような気がする。 やがて景色は山から里へ移り、遠くにビルが見え始める。澄んでいた水は濁り、また他の川の水が流れ込む所では水量が増えきれいになる。こうして5日間かけてこいだカヌ−が海の風やカモメに包まれる時、川が海と一体になる姿と出会う。

  山の養分が溶け込んだ水は湾に流れ込み海を潤す。その水が太陽の力で蒸発し、雲となって山や森に雨をもたらす。その自然のつながりを目の当りにしたとき、山奥の渓谷の水も、海の水も、普段私たちが顔を洗う水も、そして自分の体の中の水も、みんな同じ水が流れていることが実感できる。太古の昔から流れ続け命をめぐる水。その自然の力を感じる旅は、それらによって生かされている自分の命との出会いの旅でもある。

LinNet 2000.11  掲載